佐久間象川

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zoom RSS 「日本海海戦100周年」に就いて

<<   作成日時 : 2005/05/30 14:50   >>

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同郷の「二人のピアニスト」氏と共通のお道楽の会で昨日久々に会って、氏のブログ記事「日本海海戦100周年」の話になった。

氏は「明治人の志を大切にした生き方」を主題に書いたのだが、表現の遊びを理解できない人達が増えたのには驚いた、と言っていた。 
更に、中味を読みもしないで批判してくる人が居るのに腐っていた


彼はピント外れな批判の投稿コメントをただ消去するだけで反論してないというが、私も身につまされる話なので、ここに敢えて彼の記事に解説を付ける。 お節介が私の身上であるから。

まず、表現の問題から

先日、某江戸っ子評論家が、「良い、悪い、でなく、『イキ』か『ヤボ』かが、母が物事を評価する尺度だった」、と書いていたが、田舎者の私も「二人のピアニスト」氏も同様である。
自分で喋った洒落に解説を付けるのは野暮であり、「ピアニスト」氏は『ヤボ』が嫌いだから書かないが、 私が「日本海海戦」の記事の表現に注釈を付け加えると、こうなる。

例えば、記事の冒頭、「私の眼に触れる限り、新聞でもテレビでもこの話題を取上げてない」というのは(偽りではないが)嘘である。
 正確に書くならば、「5月27日という特定の日に、産経新聞は社説で、前日の読売も社説などでこの話題を取り上げているが、朝日は大きな記事にはしてないし、毎日新聞は小さな記事にも何も書いてない」となる。
 が、敢えて其処迄ごたごたと言わないのが、明治〜昭和前半の人間のイキなスタイルである。  「特大記事にしている新聞は一紙も無い」という内容の『イキ』な文学的表現がこの「嘘」である。

「私の眼に触れる限り」と書く事により、嘘ではあっても偽りではなくしているのである。 この話題に拘る筆者が、その辺を知らぬ訳はないだろうと受取るのが読者側の『イキ』であり、書き手は読者にそれを期待している。 そして、私の様な注釈を付けるのが『ヤボ』である。
更に付足すならば、「1945年以前はこの日は海軍記念日という名の祝祭日だったから、新聞などでは大見出しで記事が載るのが当然だったのに」、とまで書けば『大ヤボ』の書き手である。


但しNHKに就いての記述は些か事情が違うだろう。
 表現の問題抜きで、こちらは「ピアニスト」は本気で怒っている。 5月27日に特別に拘って貰わなくては困る理由がある。

20世紀の文明を彩るのは電子技術であり、その中核である電子(通信)技術が人類社会に定着したのは、日本海海戦(と、タイタニック号事件という二つ)の出来事が有った事に因る。
その100周年記念日 となると、現代文明にとっては特別な日付だから、新聞ももっと大きく紙面を割いても良いだろうと、「ピアニスト」は言ってるのです。
特にNHKにとっては業務内容ズバリだから『超』特別の筈です
 

数ヶ月前の放送番組でも日本海海戦を取り上げてはいるが、NHKが「この特定の日」に鈍感であることは余りに不勉強です。 「ウラジオストックの云々」の文章はその鈍感さを咎めているのです。 私だって、こんな自分の誕生日も憶えてない組織に何故聴取料を払わねばならぬのだろうか、と疑問を感じます。

電子通信技術の発端は、有名なマルコニの無線電信の実験だが、当時イタリア国内では録に評価もされない有様だった。 しかし極東の小国日本が、その実験から10年目の日本海海戦にこれを利用したお陰て(信濃丸からの5月27日の無線電信で)世界最強のバルチック艦隊を、それも人類の歴史に前例の無い全滅という形で打破ったことで、世界の人々がこの技術の重要性を認識したのが、言うなればその後のエレクトロニクス技術の発展の原点でした。 
そのお陰でNHKも生れたのです。

★マルコニの無線電信の 最初の実験(1895)から僅か10年後の日本海海戦にこれを間に合わせたのが松代松之助でした。 現在と違って文献情報も無い、秋葉原に行けば部品や材料を売っているという環境でない。
その中で、これだけの仕事をした明治の人の志を知って欲しいと思って、「日本海海戦100周年」を書いたのに、「戦争賛美」とコメントが寄せられた、と「ピアニスト」氏はこぼしていました。

日本海海戦と表題を付けただけで戦争賛美と受け止める様な手合いが、人の文章の内容など見ないで自分の主張を振り回す。 
私に言わせれば、このタイプの人間が、前の戦争を引き起こした原動力だと思う


★私のブログ記事「「NHKらしさ」」に書いたことだが、物事の評価とは結構難しいものです。 その難しさに目を瞑って自己主張したり、是非善悪の議論をするのは容易だが、それは幼児のすることである。
実は明治の人は現代よりも自由闊達であった。 日露戦争中も反戦の言論は自由であったのは与謝野晶子の「君、死にたもう事勿れ」の詩で良く知られている。 太平洋戦争中ならば考えられない事であった。

昭和前半は言論の自由が奪われた等と言う人が、日本海海戦と表題を付けただけで好戦的話題と受け止める。 「ピアニスト」の文章を読みもしないで、彼が戦勝祝賀会をやれと云っているものと最初から決めて掛かる。 
米国の原爆は人類破滅の恐怖があるから反対だが、ソ連の原爆は平和の為だから賛成だ、などと主張する人達に依っては、本当の平和は実現できない。

この人達の態度を見ていて思い出すのは、「毛沢東語録万歳」で私等が物を言わせて貰えなかったあの時代(戦後です)であり、 日露戦争時代の方が自由だったなあ、と思う。


実は、「二人のピアニスト」氏は記事を書くに当たって、ある程度それを見越していたから、右翼・左翼などと言う話を入れたり、司馬遼太郎の本を読め、などという表現を用いたのだという。
しかし、この手の人物は司馬氏の本など読まないし、秋山参謀が一人息子を坊主にしたことなど知らないから、「ピアニスト」の配慮も無効であった。
司馬氏の作品の一つでも読んでいれば、その名を見ただけで、ある程度中味を推測することも出来るだろうに、彼が予想し、怖れていたとおり、戦争賛美記事反対と来た。 情けない事ではある。


★彼の記事にコメントを入れているAlpsさんの心配された、ミンダナオ島の生き残り兵士に関連しての話題だが、太平洋戦争中にニューギニアに居た私の先輩の話では、第一次世界大戦の時のドイツ兵の生残り残留者が現地に居たそうである
その人の身になって考える時、唯一度の人生を、どれだけ悔しいであろうか。

ミッドウェイで「ピアニスト」が見た許婚を亡くして生涯独身の老女の話 (「昔の人に、また逢はめやも(2)『無名の母親』」) も同様である。

本当の戦争反対は、その様な思い遣りのある人の主張でないと説得力を持たない。

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