佐久間象川

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zoom RSS 「世間は狭い」を見て

<<   作成日時 : 2012/12/16 14:31   >>

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全く思いも掛けない場面で、知人の話題に接した
  「世間は狭い」話、 が晩秋ブログに紹介されている。
      :▲世間は狭い:[L-105][12/12/15]、
こうしたことは多くの人が経験していて、 其処に
 “不思議”を感じ、超人的な何かの力を感じることがある。

     ★ ★ ★ ★ ★ ★

大分前のことだが、霞が関の官僚が実にいい加減な行政を
  行って、その尻拭いの仕事を大学にさせようとしたが、
  日本中の殆どの国立大学は拒否したので、
      弱小なD大学が押し付けられた事件があった。 
その経緯を晩秋氏がブログに、 「JICA業務縮減を喜ぶ」
     の標題で一連の記事として書いている。

大学内部にもいろいろな人がいるので、そのD大学の
  K教授が筋を通して振舞い、官僚が困る事態
  が生まれそうになったところで、官僚の意を受けて
  不誠実な方法で解決したS教授が、(研究業績など
    皆無なのに)、退職後に叙勲を受けたのだった。

叙勲は後の話だが、問題解決の当座のご褒美として
  S教授は東南アジアへ海外留学(!?)させて貰った。 
  当時はまだ国立大学でも海外留学の機会は非常に少なく、
  また専門分野の関係でS教授の同業は留学するならば
  米、独、仏等であり、 東南アジアの後進国へ留学というのは
  異例中の異例で話題になった。 その辺の話は
   ▲ JICA業務縮減を喜ぶ(2b):[L-55] [10/5/3]
に書かれている。

     ★ ★ ★ ★ ★ ★

ところで、S教授が虎ノ門のご褒美で、初めて海外に行ける
  嬉しさに、出発の数日前に恐らくは祝宴を張った帰路
  であろうが、新宿の繁華街を家族達と一緒に談笑しながら
  歩く処を偶然にも、K教授に目撃されたのだった。 
同じ大学の同僚でも学外、それも広い都内の盛り場で出会った
  ことなど無いK君は、たった一度S教授と学外で
       出会ったのが、この様なタイミングであったことに、
  偶然というには、何か不思議なもの、を感じたという。 
そして、その後暫くして、S教授が不誠実な学内人事操作
  によってD大学に採用したM君が急死したのと併せて、
  K君は、 “不思議な力”を考えてしまう、と言っていた。
。 
晩秋ブログを見て、其処に記されている
  晩秋氏の怒りは理解できるので、私も当時書いた、
     叙勲のいい加減さを批判したブログ記事:
      ▲2010春の叙勲:[B-117]:[2010/5/6]
に、D大学の件は引用したのだったが、 
     K君がS教授を 見掛けた話、は書かなかった。 
しかし、今回の晩秋氏の記事を見て、
    旧い事を思い出したので、 書き残して置く。

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内 容 ニックネーム/日時
象川さんの「世間は狭い」ほどの複雑な話題ではないが昔、Y社を早期退職して、当時Y社より羽振りのよかったN社に移った人が居た。Y社とN社は距離的にも比較的近い場所にあったが、ついぞ彼と市中で会ったことがなかった。ところが東京に出張(当時は新幹線もなく東京に行くのは出張扱いでした)した時、偶然に銀座の真ん中で出会ったことがある。彼は私よりY社の先輩でお互いに顔は知っていたので、一言、二言声を交わしただけですれ違った。以来彼とは全く会うこともなく現在に至っている。これなども象川さんの言う「世間は狭い」と内容は多少違っても、偶然のなせる一場面かも知れませんね。
Alps
2012/12/17 12:08

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