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zoom RSS 浦島ブログの準備(5B)

<<   作成日時 : 2013/09/30 18:26   >>

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          浦島ブログの準備(5B)

▲[B-217] :浦島ブログの準備(5A)、に紹介されている、ピアニスト・ブログの(13番目)の記事: 
       ▲ [A-13] : 歴史認識(2)
、である。

   ★ ★ ★ ★ ★ ★  (ピアニスト・ブログの記事、の改造案)

1980年ごろだったと思う。 日本と米国が戦争をしたのを、大学生の娘が知らぬのに吃驚した父親が余りに大袈裟に驚いたのを見て、心配になった娘が翌日大学に行って同級生に訊いて回った。
『知っている人も居たが、知らない人も居た。 私一人が特別な無知ではないことが判って、安心した』
という話が新聞に載っていた。

が、それから四半世紀過ぎた2005年の現在、太平洋戦争(日米が闘った事)を知らない日本人が38%
 「05/6/28朝日新聞」
だというから、遠からず、それを知っている方が少数派で、変人扱いになる。


以上は、前回の「歴史認識(1)」を見た佐久間が注意したことである。
戦後世代の発言を批判がましく書いたのを見た佐久間が、
「次の世代は、戦争が有ったか無かったかを、主観の問題だ、と云うようになるよ」、と窘めたのだった。
 (池田晶子)氏は戦争の有った事を知っているだけマシではないか、と。


その時、実は「歴史認識(2)」の草稿を殆ど書き上げていた。

佐久間ブログ、出逢いの問題 (8)終章(続):O君の評価、にある話の

●山本周五郎の「樅の木は残った」の話。伊達騒動の悪の張本人とされて来た
原田甲斐が、実は大忠臣で、金も要らぬ、地位も要らぬ、名も要らぬ、「歴史に悪名を残しても」程度でなく、仕事の出来栄えが立派であればあるほど、その汚名が確定する役回りを引き受ける凄さ。「樅の木」の主題。
●司馬遼太郎の慎重さを以ってしても、尚且つ
乃木将軍の評価 を誤って、軍人として無能であったとした。 実は乃木は、当時としては世界でも例外的な名将であったことが、1905年になって旧ソ連の資料で初めて明らかになった。その様な事実が有ったのに彼は生存中は一切批判への釈明をしなかった話。
●徳川時代最悪の悪徳政治家との定評ある
田沼意次は、実は逆に極めて優れた政治家であったが、それが何故現在に伝えられるような評価を受けるに至ったかの解説。(大石慎三郎の著書:1992/2)
   等に少し補足をした文章を書いていた。

この様な事例を見てくると、有名な人物でも、歴史家の評価でも、人間の値踏みは難しい。
特に、乃木希典、原田甲斐のように、人を相手とせず、神仏の前で愧じない人生を歩むことだけを志した人間の評価、業績の判定、は人間には出来ないことだろう。
そして同時に世間で語られる人物評価は、自分の眼で確認しない内は私は信じないことにしたい。


ということを書いていた。  ここまで書いてきた処で、冒頭の佐久間の注意で、気が付いた。

伊達騒動、原田甲斐、乃木大将、などと言っても現代の若者は勿論、そのもう一つ上の世代でも知らないのではないか。
それらを引き合いに出しても、話の筋を理解して貰う事は出来ないのでないかと考えて、

上の佐久間の文章への補足を公開することを止めた。

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          浦島ブログの準備(6A) ▲[B-217]: 浦島ブログの準備(5A)に紹介した▲[A-13] :歴史認識(2) は、 大層の長文である上に、内容的に二つのものを含んでいる。 それで浦島ブログでは、これを二分割して読者に理解され易く、 する方が良いだろう、と考えたのである。 ...続きを見る
佐久間象川
2013/10/03 20:33

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