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有栖川宮に関するメモ
有栖川宮 熾仁親王( たるひとしんのう)、の履歴    ★ ★ ★ ★ ★ ★ 天保6(1835)年2月19日― 明治28年(1895)年1月15日 ...続きを見る

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2014/08/10 19:50
戦後処理放置のツケ(3)
菅官房長官は本日(5月11日)、の記者会見で、「過去の植民地   支配と侵略」、を謝罪した1995年の村山首相談話について、   「歴代内閣と同じように全体を引き継ぐと申し上げている」 と述べた。 先週までの経過は      ▲ 戦後処理放置のツケ(2):[B-195][2013/5/5] に書いた通りで、、安倍首相の4月22日の    参院予算委員会での答弁が、海外で波紋を呼んでおり、    事態沈静化のため、答弁を修正した、 とみられる。  自民党の石破幹事長は、昨10日のT... ...続きを見る

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2013/05/10 18:36
戦後処理放置のツケ(2)
晩秋氏の補足の意味で、関係者の具体的な発言を此処に収録する。 過去の歴史もそうであったように、何年かの後になると、現在進行中の 不勉強発言の記憶が忘れられて責任がボケるだろうから、メモを残すのだ。 。 ●安倍内閣の麻生副総理らが靖国参拝し、首相がこれを容認したことは、    「首相自身が行かないのは、それが正しいと考えてのことではなく、    方便としての“あいまい戦略”」、 なのを示した。    これは、4月23日の毎日新聞社説にも明確に書かれていて、    首相も前回の首相在... ...続きを見る

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2013/05/05 17:34
戦後処理放置のツケ(1)
前回記事の、▲最高裁長官の不誠実:[B-193]、は1959年に最高裁長官が犯した犯罪行為が発覚した、悲しい話であったが、それ以上に悲しい事実について、 晩秋君が「崩壊の時代」という標題で建て続きに3編の記事を書いている。  それらの概略を要約する: 。 ▲ 崩壊の時代(1):[L-108][13/5/1]        には、歴史学者・坂野潤治の説を紹介している。  4月末頃の政治状況にいろいろな出来事が起こったが、坂野が新聞に書いたことが、予言したような具合だ。 幕末の1857年... ...続きを見る

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2013/05/05 16:04
終戦秘話への推理
8月15日、第67回終戦記念日のテレビで、NHKスペシャルは、 「終戦、なぜ早く決められなかったのか」、を放送した。 従来全く知られていなかった新事実が含まれていた。 ロンドンの国立公文書館で、終戦直前に在外日本武官が   発信した電文が発見された、というのだ。 1945年5月に、リスボンの陸軍武官から、      6月に、ベルンの海軍武官から、 「7月までに戦争終結せぬとソ連が対日戦に参加する」、と    ヤルタ会談で米英ソの密約が交わされた、    という内容の発信があった... ...続きを見る

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2012/09/16 16:37
硫黄島の暗号兵(3)
「写真の裏の真実」には書いてないことだが、これを読んで   私は、一つの推測を脳裏に描いている。   それは、坂本の捕虜になった経緯は、実は   「栗林中将に言い含められてのこと、ではないか」、   ということである。 ...続きを見る

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2012/07/20 04:17
硫黄島の暗号兵(2)
坂本泰三は1918年に青森で生まれ、小中学校を其処で過ごしたが、その後パリへ渡って画家になることを夢見て上京し、アテネフランセに入学して4年間学んだ。 1939年陸軍に入隊して中国にいた。  1943年11月に除隊して帰国すると、父親が経営する長野市のベントナイト鉱山を管理する事務所で働き、その時に長野市権藤町の旧家の娘、酒井すみ子と結婚。 1944年6月に再度徴兵されて硫黄島に向かう。 1945年2月19日の米軍上陸以後の硫黄島の戦闘は、第二次世界大戦中の日本軍の最高の闘いとして有名だ... ...続きを見る

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2012/07/19 18:26
硫黄島の暗号兵(1)
「写真の裏の真実」(岸本達也著、2011.12.8、幻戲書房刊)、という本を読んだ。 第二次世界大戦の末期、硫黄島の日本軍司令官栗林忠道中将の通信担当員であった坂本泰三(サカイタイゾー)曹長は1945/3/17早朝、米軍の捕虜となった。 この人物の軌跡を辿った取材調査の記録である。 硫黄島の戦闘と、栗林中将に付いては、私らの仲間は特別な思いがあることを、今までにもブログに書いてきた。 私自身のブログには:    ★ 人間の評価: (7)秋の叙勲・栗林忠道@: [B-66]    ★ 人間... ...続きを見る

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2012/07/19 07:19
「兵事係」
東海大学は旧制大学だが、設立は第二次大戦後である。  戦後にこれを創立をした松前重義は、     戦争中に、逓信省工務局長であったのに、  東条の怒りに触れて、一兵卒として徴兵され、     輸送船上で危く命を落とすところだった。  よく知られているこの話を、逆に見ると、国民皆兵の当時、  その様な召集可能な人間が、 政府高官である  という理由によって選別されて、(東条事件が起きる  までは) 徴兵令状が行かなかったのには、         どのような仕組みが有ったのか、 ... ...続きを見る

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2012/03/19 20:26
理系でも分からない
前回の記事は、原発事故調査委員会の途中経過の報道   を見ての所感であった。 あの委員会は正式名称を、   「東京電力福島第1原発事故調査委員会」といい、   国会が設置したもの。    それに対して、通称(民間事故調)と呼ばれる   「福島原発事故独立検証委員会」(委員長・北沢宏一)   があり、紛らわしいが別個のものである。    2月27日そこが纏めた報告書(400頁)の一部が   報道(2/28)されたのを読んでの感想を此処に記す。 ...続きを見る

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2012/02/29 03:53
文系なので分からない
「私は文系なので、原子炉技術のことは、分からない」        という話は分かる。 しかし、   その分からない人、がなぜ、「原子炉技術の安全性に        責任を担う重要な職責を任されるのか」、   また、それを、本人も引き受けたのか、               が分からない。 3/11原発事故からもう一年近くも経ってから、この様な話が     ニュースとして紹介・報道されることに誠に呆れる。 ...続きを見る

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2012/02/16 13:39
新聞切抜きの残骸
老人は何も発言しなくても,静かに余生を楽しんでいれば よいのだが、“スズメ百まで“で、持って生まれた性分は 直らず、テレビを見たり、新聞を読んだりするとつい、 それに関連して自説を披露したくなる。  特に昨年は多事な一年だったので、関心のある事項 についての新聞を切り抜いておいて,機会を見てブログ記事 にしようと思っていたのがそのままになっている話題が多い。  年末に身辺整理していて、新聞切抜きの山に驚いたが 今更個別テーマの記事を書く気力も体力もない。 ... ...続きを見る

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2012/01/05 03:28
「司法」と「報道」(6)
太平洋戦争の戦没者の概数が310万人であることが発表 されたのは1963年、東京オリンピックの開催された前の年だが、 それまで、政府は何をしていたのだろう。 その7年前には、「もはや戦後ではない」と宣言していた。  政治家、官僚にとって何が大切なのかが、民衆とこれだけ隔絶している。  ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ...続きを見る

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2010/10/19 05:11
特捜神話の終焉
「特捜神話の終焉」(郷原信郎著、飛鳥新社)、という本を知った。    元検事で、弁護士の著者が、3人のゲストとの対談で、    いろいろなことを、バラしているらしい。 新聞で見た、書評の筆者は、    「自ら考えることなく、善悪を決めつける前に、        社会の公正さを追及する姿勢」、を       読者が、この本から学ぶことを、望んでいる。 ...続きを見る

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2010/09/09 07:25
海軍記念日に、NHKの反省を望む
昔の祝祭日、「海軍記念日」、であった5/27に、 昨年は   私はブログに、{▲今日は5月27日 : [B-93][2009/5/27] } のエントリーを残しただけ、だった。   4年前に書いた記事:       ▲ 日本海海戦 101周年   :[B-41][2006/05/31] と同じ内容を繰返すのも、知恵の無い話なので、何も書けなかった。 ...続きを見る

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2010/05/27 05:30
「新説 邪馬台国論」
古田悠著、「新説 邪馬台国論」(星雲社、2010/3/21初版)、については、    3月24日に、「読んでいる」とツイットしたが、読み終えて、                              大層感銘を覚えた。 古田説では、三世紀前半当時、日本列島に存在した邪馬台国は、    「畿内」、「北九州」、両説の考えるような大国でなく、    日向地方に存在した小国、  であった。 その女王「卑弥呼」が統率する21の小国が、「邪馬台国・連合体」    を形成していた、と考えると... ...続きを見る

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2010/04/18 17:58
先覚者、朝河寛一
これは私のメモ、備忘録である。 私のブログのエントリーは全て自分の意見とか判断を書き残したものばかりであったが、老化が進んでメモ帳に書いておいたことを度忘れする惧れがあるので、今回は例外だが、ここにメモを残しておく。 ...続きを見る

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2010/03/25 18:52
(COP15)の閉幕
コペンハーゲンで開催され、全世界の190カ国以上が参加した、「国連気候変動枠組み条約第15回締結国会議(COP15)」、は、19日に閉幕した。 ...続きを見る

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2009/12/20 22:14
金子きみ氏の戦中回想記事(1)
金子きみ氏、と言っても、知る人は知る、知らぬ人は知らぬ、名前だろうが、 以前に私のブログに書いた、 ▲「縁」に就いて(5) 金子智一、佐藤嘉尚:[B-49] をお読みになって、ご記憶の方も居られるであろう。 その金子きみ氏が6月23日にご逝去されたので、ご子息の雅昭氏が追想の記を書いておられる。 ...続きを見る

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2009/08/07 07:20
今日は5月27日
昔で言うと、海軍記念日である。 ...続きを見る

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2009/05/27 05:48
善光寺の歴史
  ▲[A-93]:『堀直虎公伝』復刻版 ...続きを見る

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2009/02/26 17:54
エルマンのバイオリン演奏会
前回(昨年最後)の記事:   ▲ :[B-88]:(2008/12/25)日米開戦67年目のクリスマスに思う に、Y君の祖母と有栖川宮の話がある。  ...続きを見る

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2009/01/26 08:22
日米開戦67年目のクリスマスに思う
私等戦中派には1941/12/8という日付は特別な意味を持つ。 以前は毎年12/8に古くからの仲間が集っていたが、最近はもう少し広範囲の人達、例えば旧陸軍の人とか、ブログで交流の生じた人も含めてSNSで、半世紀の想い出を語り合う。 今年も12/8には仲間たちの懐旧談があった。 ...続きを見る

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2008/12/25 16:42
「エノラ・ゲイ」機長の死
広島に原爆を投下した「エノラ・ゲイ」の機長であった、ポール・テイベッツ氏が、先日11/1に亡くなった。 1943年にB29爆撃機の試験飛行に参加。 1944/9にマンハッタン計画に関与、1945/8/6広島に史上初めての原爆を投下した、華やかな経歴を持つこの人物は92歳の長寿を全うした。 ...続きを見る

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2007/11/04 12:59
人間の評価: (7)秋の叙勲・栗林忠道A
我々が歴史から学ぶべき事の一つは、 「誰が何をしたか」、だけでなく、 その「何をするような人間」が「どのようにして生まれてきたか」、を知ることであろう。 ...続きを見る

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2007/10/21 21:57
人間の評価: (7)秋の叙勲・栗林忠道@
昨年、▲「人間の評価に付いて(6)秋の叙勲」、を書いて、もう1年経った。 間も無くまた、秋の叙勲の時期である。 今回は、栗林忠道大将の記事を書きたい。 ...続きを見る

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2007/10/21 18:40
伝統文化と常識の変遷(5b) 常識の慣性
◎伝統文化と常識の変遷(5a) 力武常次 、に続く: ...続きを見る

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2007/09/01 19:04
伝統文化と常識の変遷(5a) 力武常次
1923年9月1日の午前11 時58分44秒に、伊豆大島、相模湾を震源として直下型の大地震、関東大震災が発生した。 84年目の今朝、只今新聞を取ってきてざっと目を通したが、関東大震災の文字は見当たらなかった。 落ち着いて見直せば、何処かに在るのかもしれない。 或いは我が家で取っているM新聞が、特別に程度が悪いのかもしれない。 或いは、新聞であって「旧聞」でない、との主張かもしれないが、M新聞を只今二度見直した限りでは、関東大震災の文字はない。 但し防災グッズの広告はある。 ...続きを見る

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2007/09/01 07:31
伝統文化と常識の変遷(4)
文芸春秋(2007/8)に、「昭和の海軍・エリート集団の栄光と失墜」、という歴史記事が載っている。 ...続きを見る

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2007/07/20 21:28
伝統文化と常識の変遷(2)
犬が好きか、猫が好きか、の話と違って、「美しい・」と「優しい・」という言葉に対する語感の相違に関する今回の遣り取りの様子を見て居ると、 前回に述べた「体験」の問題以外に、「教育」の要素もあるのが見て取れる。 ...続きを見る

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2007/06/27 20:37
伝統文化と常識の変遷(1)
文科省が教科書検定で、「戦争末期の沖縄で、住民の集団自決が、日本軍の強制で行なわれた、という記述は修正せよ」、と要求したのに対し、沖縄県、特に高齢者が猛反発している事が、大きな話題である。 戦争末期に軍部に迫られて、沖縄で集団自決をした民間人達の生存者や目撃者へのインタービューが、連日マスコミに報道され、こうした話題には腰が引けるNHKでも、6/21日に放映していた。 ...続きを見る

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2007/06/26 02:24
mugiさんへのご質問
トーキングマイノリテイのブログ記事には、毎度我々老人仲間の疎い事を教えて頂いて有難く思っていることを、従来も何度か、例えば、 ★紛争学生と、テロリストの正体;[2006/07/21]、[B-45]、とか、 ★「マフィア」 へのコメント:[2007/01/08]、[B-53]、 などに書いている。 ...続きを見る

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2007/04/18 04:38
「マフィア」 へのコメント
新年を迎え、多くのブログでは“明けまして、おめでとう御座います”の記事が見られる。 例の我々仲間のブログには、キャズ君、 二人のピアニスト君、 R君、 Y君、 R2君、 小坂君、ドジ君、誰のブログにも、それがない。 これは、我々がスネ者で、新春の挨拶を無視乃至は反発しているのではない。 例えば、ピアニストが飯大蔵氏、東郷幹夫氏、他のブログに、 また他の仲間もそれぞれ幾つかのブログに、 コメントの形で新春の挨拶を贈っているのを見て頂けば、分かる事である。 ...続きを見る

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2007/01/08 08:07
「きらり」を見終わって
2006/9/30 に、半年間続いたNHKの朝ドラマ、「きらり」が完結した。 ...続きを見る

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2006/10/05 05:24
「縁」に就いて(4) 中山正男
★「きらり」が、NHK朝ドラマとしては近来稀な好評で、日本中で高い視聴率を得た。  ドラマの中の人々の人間関係、生活感覚が、現在の日本で失われた、私の幼少の頃と相通じ、当時の社会情勢とを、このドラマが、理屈抜きで伝えてくれるのが、嬉しかった。 ピアニスト君の{朝ドラ「きらり」を見て [A-25]} 、の内容も同感だが、そのコメント欄の応酬、が忘れられない。 私は、「きらり」の完結を見て、敗戦前後の世相の話を紹介したくなり、 この記事、『「縁」に就いて(4) 中山正男』、を書いた。 ...続きを見る

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2006/10/02 06:13
「縁」に就いて(2)「ドレスデン」
探検ロマン世界遺産というTV番組で、「ドレスデン」の街の話(6/17)を放送していた。 豪胆王、フリードリヒ・アウグストT世により一代で建設され、アウグストV世により発展した、ザクセン公国の首都ドレスデンは、マイセンの磁器で知られるが、また、世界最古の「オーケストラを有するオペラハウス」で、モツアルト、ベートーベン、ワグナー、の活躍した、芸術の都としての歴史を持つ。 ...続きを見る

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2006/07/03 05:26
「縁」に就いて(1)松代の三山
★北信濃の善光寺平を中心とした地域で、戦前、戦中の生活状況だとか、民話、民謡、などの伝承を、当時の記憶の残る古老に語って貰い、書き綴った記録文集が、地元の主婦達に依って作られた。 題して、「おばあさんの話」という。 ...続きを見る

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2006/06/21 06:28
日本海海戦 101周年
本来はこの記事は、5/27の日付でエントリーしたかった。 しかし、手許にある新聞が、朝日、毎日、神奈川、だけで、日経、産経、読売の各紙がないため、図書館に行って調べようとしている内に、日にちが過ぎてしまった。   調査未了で不本意であるが、一旦公表する。 ...続きを見る

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2006/05/31 22:00
「人間の評価」に就いて(5):堀直虎
日本の独立を護った、忘れられた功労者の、松代藩主、真田信濃守幸貫の話を、「人間の評価」に就いて(1) に紹介した。 今回は、同じく、幕末の動乱期、大政奉還に際し、(例えば、近年のユーゴの様な)泥沼の内戦の発生の防止に貢献した、堀直虎の紹介をする。 ...続きを見る

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2006/05/24 05:51
「人間の評価」に就いて(3)名を惜しんだ人
叙勲制度は人民の平等に反すると言って法案に反対して、国会で法案の成立を潰した社会党の代議士達の殆どが、その後、生存者叙勲を受けた、 と、前回の記事に書いたところ、若い人に「そんな話は知らぬ」と質問を受けたので、此処に補足を付け加えておく。 ...続きを見る

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2006/03/15 06:41
「人間の評価」に就いて(1)救国の人
人間の評価というものは、事件の現場に居合わせた人の眼で見ても、また歴史家の手を経ても尚、正鵠は期し難いものである。 私の見解では、人類の歩みに本当に素晴らしい寄与をした人々は、名を残す事にすら拘らなかった。 唯、本人と神との対話の中で己の生き様を決めて行ったように思えてならない。 然し遺された者の務めとしては、真っ当な評価を贈るのが務めだと思うのである。 ...続きを見る

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2006/03/11 17:48
太平洋戦争・終戦60周年
友人H君へのメールを書く機会が有ったので、そのままブログ記事として公開する。 (H君は旧帝国海軍軍人であった人物。 彼はブログを開設していないが、毎度このブログにリンクする数名のブロギスト達と同郷の友人である)。 この為、文体に妙な部分が在るが、本日の日付を重んじて、そのままの文章で公開する。 ★{前半部、省略} ...続きを見る

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2005/08/15 19:03
「日本海海戦100周年」に就いて
同郷の「二人のピアニスト」氏と共通のお道楽の会で昨日久々に会って、氏のブログ記事「日本海海戦100周年」の話になった。 ...続きを見る

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2005/05/30 14:50

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