「縁」に就いて(1)松代の三山

北信濃の善光寺平を中心とした地域で、戦前、戦中の生活状況だとか、民話、民謡、などの伝承を、当時の記憶の残る古老に語って貰い、書き綴った記録文集が、地元の主婦達に依って作られた。
題して、「おばあさんの話」という。


近頃では日本と米国とが戦争した事を知らぬ者が、日本人の38%も居るというくらいだから、二十世紀前半(戦前、戦中)の生活慣習だとか、民話、民謡、などの類は、全て忘れ去られて行く。
地方自治体の職員が、歴史的な地名等をごく気軽に変更するのも、彼等の不勉強、無学、無知に拠るもので、誠に情けない

こうした風潮の中で、元々は地元の主婦達の趣味的な文集として限定出版された、「おばあさんの話」、であったが、出版後、地元の名門地方紙、「信濃毎日新聞」で紹介されたこともあり、他府県からの問い合わせ等も有り思いがけぬ反響に、在庫が不足した模様である。
この書物自身に就いても、また機会を見て書きたいこともあるが、今回は別の話題である。

人間の縁と言うものは、人知を超えた処で繫がりがあって驚かされる事例がある。 その類の話である。
話を進める前に、この、「おばあさんの話」、の製作に携わり、愛らしいイラストを描くことを分担した、赤沢せつ子さんという名前のご婦人が居たことだけを、述べて置く。


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人類の文明を築き、或いは、国の独立を護った功労者の名前が、歴史では正しく伝えられていない事が多い。
我国では明治維新以後の歴史教育では、薩長閥を重視する偏見に、人物評価が歪められて来た。


▲私のブログで前の記事、{[B-41]:日本海海戦 101周年 } 、にも書いたが、日本海海戦の勝因には、秋山真之と松代松之助の功績が決定的である。
東郷も確かに偉かった(実は、東郷はその後の海軍の進路に対しては些かの問題が有るが、今はそれには触れない)が、最大の功労者の名が霞んで、記憶に残らなかったのは、明治政権が薩長閥支配であった為だろう。

幕末の動乱期、大政奉還に際し、(例えば、近年のユーゴの様に) 国内が泥沼の内戦にならずに済んだことに貢献した、功労者、堀直虎{ [B-40]:「人間の評価」に就いて(5): }の名前も全く忘れ去られている。
また、鎖国から開国に向かう幕末時代に、日本が欧米先進国の植民地に成らずに済んだ経緯の、忘れられた功労者の、松代藩主、真田信濃守幸貫
{[B-28]:「人間の評価」に就いて(1)も名前が残らなかったのは、明治政権から見れば、幕府側に居た人間だからだろう。

堀直虎も、真田幸貫も、大名とは云っても、ごく小さな藩の藩主である。
それも、海から離れた北信濃の山中の近接した藩であることは、人類文明の進歩を考える上で示唆的である。

ところで、この真田幸貫の時代に、その松代藩には、
松代の三山と言われる人物、鎌原桐山、佐久間象山、山寺常山が居た。
堀直虎と同様に、幕末に江戸を戦火から守った勝海舟と佐久間象山の関係は、
{[B-28]:「人間の評価」に就いて(1)} 、に述べている。
その佐久間象山は、鎌原桐山の弟子であり、山寺常山の親友である。
こうしてみると、日本歴史の進路に対する、この松代の三山という知的指導者の功績は、大変に大きなものがある


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★私の友人A君は、この山寺常山の縁戚に連なる人物である。
も少し詳細に述べると、A君の祖父の妹様が、その山寺常山に嫁いだ、という関係である。

処で、先に述べた「おばあさんの話」の出版を、現在は浜松に在住するA君に話した所、彼は大層興味を覚えた。
勿論、A君は文集の製作に係わった主婦達とは面識も無ければ、従来の付き合い等何も無い。 彼は、わざわざこの文集の編集世話人であるご婦人に電話連絡をして、本を入手した。
 
処が、先に述べたように「おばあさんの話」のイラストを書いている赤沢せつ子さんという方は、鎌原桐山の子孫である、とのことが、別の経緯で明らかになった。

鎌原桐山の末裔が作った本を、山寺常山の縁者が読んだのである


別に、おかしくも何とも無い事かも知れない。
然し、ご先祖様が,あの様な日本の針路に重要な働きをした人物,それも相互に親友であった人物の子孫が,時間・空間を隔ててお互いに知らぬまま,この様なことがあったことに私は,いかにも不思議な縁を感じ、何か言い表せぬ感動を覚える。
海外旅行(3)に書かれている、キャズ君、ピアニスト君とM女史との縁も同様である。


★昆虫とか動物等の行動を見ていると、その知能の範囲で物事を理解し判断して行動しているが、その知能が人間から見ると限界が見える。
同様に、人間よりももっと知能水準の高い存在から見た場合、人間知能の限界が見え透いて、浅墓なものに見えるのだろうか、とも思う。
上の様な話も我々人間の知能レベルでは、全くの偶然としか見えないが、人間を超えた存在から見ると、何か必然の鎖が有るのかも知れない、と思ったリする。

古人は、それを感知して、「縁」と云ったのだろうか。

この記事へのコメント

YS11
2006年06月23日 13:48
全く見知らぬ、Aさんと赤沢せつ子さんが、このような縁を機に、出会う機会が持てたら、どんな展開になるのだろうか。想像するだけでも何となく楽しい。
変人キャズ
2006年09月06日 03:05
昨年4月に、「人知の限界・超科学」の記事に、スモールワールド・ネットワークの話を書いた。
この記事の最後の部分を見ると、改めて、あれが思い出される。

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