「縁」に就いて(3) 京セラ・稲盛氏

ピアニスト君の記事、「出逢い」に想う(2)、に、一度も直接はお目に掛かったことのない、後藤田正晴氏のお耳に、彼の名前を聞いて頂いた事がある:
    「それも、ご縁」、との話を書いてある。

それに一寸似た話を、ここに紹介したい。



★昨日、偶々Alps氏のブログに、「創業の精神」:という記事があり、
   そこに沼田恵範氏の紹介があるのを見た。

最近、精密測定器の不正輸出問題で、「ミツトヨ」が問題になっているが、
「ミツトヨ」の前身、「三豊製作所」、は沼田恵範氏によって、創業された。

話がくどくなるので、沼田氏の経歴・業績の詳細は、「創業の精神」、の記事に譲る。
が、私はこれを読んでいて、経営者と仏門、という話から、真っ先に頭に浮かんだのが、NHK・TV「知るを楽しむ」で、紹介のあった、京セラの稲盛氏のことであった。

8月に、NHK「知るを楽しむ」、で、京セラの稲盛氏の話を見て、感動した
あの感動的な生き様を見て、最近の拝金主義の横行する経営者が幅を利かす前には、この様なタイプの経営者が、稲盛氏ならずとも、居たのになあ、と嘆息した。

「ミツトヨ」の不祥事が問題になっている時期にこの記事を読むにつけ、
また稲盛氏のお話を伺うに付けて、
文化(創業者の経営理念)、の社会的伝承の難しさ、を痛感する。


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処で、「知るを楽しむ」で京セラの稲盛氏の話を見ていて、
      「ピアニスト」君は、アッと、声を上げた

テレビ画面の中で稲盛氏の経歴の話が紹介され、進行するときに、
同時代を生きた「ピアニスト」君は、その頃、自分は何をしていたか、
ということが、無意識の内に頭の中で重ね合わされていた。
 そして、気が付いたのである

稲盛氏が新会社、「京都セラミックス」、を興して4年目、経営的、技術的困難に立ち向かい、苦渋に満ちた努力を払っていた年のこと、
「セラミックス」、という雑誌に、ある座談会の記事が載った。
技術者として燃えて、新会社を発足させたばかりの稲盛氏は、当然この専門誌(当時、日本で唯一であった)を読んだ事は、間違いない。

「ピアニスト」は全く専門外の人間であるが、 ある事情でこの座談会の出席者4人の中の一人として出席し、 その発言の全てが速記されて雑誌に載り、また写真も掲載されていた。  すると、

「ピアニスト」君は稲盛氏に、その発言の中身を読み、顔写真を見て頂いた、 ことは略間違いない



★その後の人生で、稲盛氏とは接点は無かった「ピアニスト」君であるが、
これは矢張り一つのご縁であった、というべきであろう。
というよりも、後藤田正晴氏の耳に彼の名前を聞いて頂いた事よりも、遥かに濃密なご縁であった,と言える。


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★人と人との縁に付いて、我々の仲間は、幾つもの記事を書いている。
出会ってはいないがご縁のあった人、相手の名前も知らないが忘れがたい人、の話も含めて、書かずに居られない思いがあるのだ。
人生とは、人との関係の歴史なのだから。

二人のピアニストには、
★[A-21] :パピルスと、出会い   ★[A-19]:「出逢い」・(2)
★[A-18]:「出逢い」・(1)、  ★[A-7]:昔の人に、・ ・(2)『無名の母親』
★[A-6]:昔の人に、・ ・(1) 『司馬遼太郎』氏

  などの記事がある。 私、佐久間象川も、
★[B-43]:「縁」 ・ (2)「ドレスデン」   ★[B-42]:「縁」 ・(1)松代の三山
★[B-16]:出逢い ・(8)終章(続):O君  ★[B-15]:出逢い ・(7)終章:O君
★[B-14]:出逢い ・ (6)現代の人間   ★[B-13]:出逢い ・(5)一方通行
★[B-12]:出逢い(4)社会環境(続) ★[B-11]:出逢い ・(3)社会環境の運
★[B-10]:出逢い ・(2)感動的な出逢い  ★[B-9]:出逢いの問題(1)結婚

を書いた。 キャズ君のブログでは
★[C-126]:仲間の ・:(4) ホロニャック ★[C-125]:仲間の ・:(3) 人生の先生
★[C-124]:仲間の ・:(2) 野間口光雄 ★[C-123]:仲間の ・:(1)内藤多仲
★[C-91] :「真の教育・菅田教授」

が公開されている。
友人達の、非公開のもの:
{[D]=(H.K.君:非公表)、[E]=(P君:非公開)、[F]=(S君:非公開)、[G]=(Y君:非公開)、[H]=(R君:非公開)、[G]=(R2君:非公開)}、
の一連の非公開ブログ、の中でも、 最も多いテーマが、
人とのご縁とか、出会いの感動、の話である。

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[後註:2006/10/8]:仲間の出合った人、ご縁のあった人の関係記事のリストは、
   ☆[C-135] :仲間の出合った人達:(参考資料)
に、もう少し整理した形で、(また、以下の記事も含めて)、キャズ君が纏めてくれている:
★[B-46]:「縁」に就いて(3) 京セラ・稲盛氏  ★[B-48] 「縁」に就いて(4) 中山正男
★[B-49]「縁」に就いて(5) 金子智一、佐藤嘉尚
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★我々の仲間も、矢張り人生で、夫々それなりの苦労はしてきた。
併し、例えば、学歴一つとっても、キャズ君は「飛び級」、その他で、大学では同級生の平均年齢よりも4歳くらい若かったから、ある意味では随分と順調な道を歩んだし、皆、似たようなものである。

一方、稲盛氏は、旧制中学の入試でさえ失敗して、若い時から苦労・艱難の連続であった。
 なのに、アレだけの業績を上げて社会のために尽くし、ご自分を完成させた。
寧ろ、挫折体験がプラス要素になっている。 学校での「飛び級」制度には、改めて疑問を感じるだけでなく、
何が人生の幸せか、と言う事は、毎日の片々たる事で評価は出来ない
という事を感じさせる。


それにしても、「ピアニスト」の体験:後藤田正晴氏とのご縁、稲盛氏とのご縁、これを「ご縁」ということを若い人は理解しないかも知れない。
が、私等老人は、矢張り、仏様の仕組んだ何か、と観じてしまうのである。

この記事へのコメント

Alps
2006年09月04日 09:38
人生には多くの出会いがあり、歓喜も蹉跌もある。ただそのような機会を前向きに捉えるか、拘ってしまうかは人夫々。
稲盛和夫氏の経歴を見ても若い時の蹉跌は多かったようだが、それに拘らず、ばねに変えたところが非凡な人だと思う。彼の思想の背景には仏教思想が深く結びついている。得度もしているし真剣に頭を丸め仏門に入る決意をしたが、周囲の人がそれを許さなかった。
人生はまさしく出会いだ。佐久間象川さんの出会いも又素晴らしい。司馬遼太郎・江戸英雄・後藤田正晴氏や無名の母親等の直接間接的な出会いはほんの一部に過ぎないにしても素晴らしい。そのような出会いの機会が持てることもその人の器量に依る。
そのような出会いの話を聞くにつけても、拝金主義的な連中が経営に携わる機会の増えている現状を憂える。
佐久間象川
2006年09月06日 02:27
Alps様、
コメントを有難う御座いました。
我々の仲間が非常に良い方との出会いに恵まれてきたことは、本当に有難いことであったと思います。
そのお陰で、人生の危機を、奇跡的に、幸せな方向に切り抜ける事が出来たのも、屡々でした。
しかし、仲間のブログ記事を見ると、それら奇跡的僥倖の話は殆ど無く、逆に折角の素晴らしい出会いを無駄使いした、という後悔の綴られたものが多い。
折角、Aips様に褒めて戴いたが、実は、逆に、我々の「器量の無さ」による、と思います。 それにも関わらず、多くの機会を与えてくれた神仏に、感謝しなければならないでしょう。

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