千円札肖像画と力士大麻吸引事件

「生物と無生物のあいだ」(福岡伸一著、講談社現代新書)を読んだ。
書評で大好評であったが、狭い我が家で書物を購入するのは居住スペースの関係で許されないので、図書館で借用申込みをした。
これが中々順番が回って来なくて、1年近く待ち漸く読むことが出来た。
多くのことを教えられたが最も衝撃の大きかったことは、この本の18~22頁に書かれている、
  野口英世の評価
に纏わる話である。

私等の老人達は小学校時代から、日本の産んだ世界的ヒーローとして教えられ、信じてきたが、実は全くの誤りであって、
野口が嘗て在籍し、研究を行なったロックフェラー大学でも現在の評価は惨憺たるものだという事である。

この本の著者が以前に在籍した、そのロックフェラー大学は、私も嘗て住んでいたニューヨークのアパートからあまり遠くない場所で、その地理的な描写は非常に正確であることが分り、懐かしく思いながら読んだのだが、そのロックフェラー大学の内部資料を引用しながらの文章は説得力がある。


詰らない人間が、ある時期に世間的な評価を享けても、そのうちに様子が変わって忘れられたり、場合に依ってはくだらない人間として蔑まれるようになることは、幾らでもある。
野口の場合は高い評価が世間の常識であった時代にも、行動に疑問の残るような事実が幾つか公に語られていたが、この本によると彼の評価は全く酷いものである。
人格面を離れて、学問的成果としても全くゼロであるらしい。
この本に書かれていることは、私は100%信用する。
しかし、学者が学問的、人格的に優れていなくても、何処にでも有る話であって、珍しくも何ともない。
世の中には立派な人間よりも、詰らない人間の方が圧倒的に多いのである。 この本に書かれていることの故に大騒ぎをして野口を非難しようという気持ちは私にはない。


私が問題に感じるのは、野口自身の問題でなく、
そのような評価が日本の然るべき責任のある立場の人達に学習されないでいる、という事実である。


2004年の秋に日本の新千円札の肖像画に野口英世が決まり、現在流通しているのだが、このため日本からのツアー観光客などが多くこの大學を訪れるようになったのを、大學の職員達は複雑な心境で眺めている、という。


学者の評価は年月を掛けた歴史の判断を待たねば定まらないものだから、他所の大学・研究所で悪く言うところがあっても、世間では間々あることである。
しかし、本人が所属していた大学の判断で結論が出ている状態で、この様な次第であるならば、その評価は定まったものと見てよい。

その状況の中で、日本の新札の肖像画を決める人々が何を考えて、野口を選んだのであろうか。


丁度、此処2、3日の大相撲力士の大麻吸引事件に対する相撲協会理事長や、力士の弁護士の発言が如何に世間の常識では理解し難いものであったかを見るに付け、
日本で権力の座にある人々の、論理不感症と不勉強さ
に呆れるのだが、大相撲だけでなく、現代の日本の社会構造がすべてこの様な基本的な欠陥を持った構造になっているのを悔しく思う。


我々の年代の優秀な人物たちは決して、この様な日本を作るために半世紀前の戦争で死ん行ったのではなかった。

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この記事へのコメント

2008年09月10日 00:54
お邪魔します。始めましてかも知れません。
野口英世のwikiを読めば、高い評価もあったことが分かります。一方その業績が現代まで生き残っていない事も多いようですね。お札は現代の評価で決めるべきだから困ったことですね。
「論理不感症と不勉強さ」は今の日本の実力低下をそのまま示していますね。私はこのような実力低下はここ10から20年に顕著になったと思っています。明治以前から培った日本文化がその力を失った結果のような気がしています。
そしてこれは私の仮説なのですが、どんなものですかね。
太平洋戦争に敗れた日本人がそれまでの論理や文化を敗戦国のものとして自主規制した故に、次世代に伝わらなかったから。

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