金子きみ氏の戦中回想記事(1)

金子きみ氏、と言っても、知る人は知る、知らぬ人は知らぬ、名前だろうが、
以前に私のブログに書いた、
「縁」に就いて(5) 金子智一、佐藤嘉尚:[B-49]
をお読みになって、ご記憶の方も居られるであろう。
その金子きみ氏が6月23日にご逝去されたので、ご子息の雅昭氏が追想の記を書いておられる。

その文中にきみ氏ご自身の手記の引用があり、それを見て私は
戦中戦後に比べて、物質的には豊かになった筈の現在社会で、
嘗ては我々の身辺に確かに存在したものが、失われて消えている

のを痛感した。

戦争末期の東京大空襲の直後に、東京を脱出する時の様子の描写がある。
上野から東北に向かう車中の混雑ぶりは、当時を知らぬ若い人には想像もつかぬと思うが、
我々の世代には忘れられない、事実であった。

「上野駅の内外を埋め尽くす乗客の行列は、発車ごとに僅かづつ消化されて、夕方には駅の地下道まで進むことができた。
 とは言え身動きならぬすし詰めである。
・・・大群衆に紛れて列車に乗り込んでも、自分の足が宙に浮いて床に接触せず、 小児(雅昭氏)を抱き抱えるスペースは無いので、網棚に載せて・・・」、

 は、皆が経験したことだった。

     ★ ★ ★ ★ ★

私が感動したのは、上野駅での出来事を綴っているくだり、である。
大混雑の上野駅構内で、4歳の雅昭が行方不明になった、くだりである。


親殺し、子殺しの多発する現代日本の超新人類のような、不注意によるものでないことは明瞭である。
実は私も一度、多摩川花火大会に連れて行った姪の幼女が、2メートルくらいの距離から、どんどん引き離されていき、迷子にしてしまった経験があるが、見えているのに、過密な大群衆の中では、どうにもならなかった。

上野駅での金子きみ氏の場合は、大量の荷物を持っての母親一人、子供一人の長時間行動なので、親の不注意ではなかった筈である。

この時は、ある家族が迷子の雅昭君を保護していたが、彼らの乗車の順番が回ってきたので、
その辺に居た十歳ほどの浮浪児に預けて行った、のである。

その浮浪児自身は大空襲で家が焼け、家族を失って駅の地下道で寝起きしている戦災孤児だが、
預かった雅昭君を親のもとに届けるために群衆の中を探して連れて歩いていて、
きみ氏と出会った
のである。

こうして無事に親子再会できた金子きみ氏は、財布から乗車券だけを取り出して、その浮浪児に渡したのであった。
若しもその浮浪児が居なかったならば親子再会どころか、雅昭氏は生存できていたかどうかも分からない。
そうなると成人してからの雅昭氏の海外での大活躍もなかったし、日本経済発展への寄与もなかったのである。
 その浮浪児自身は五郎という名前であること以外は分からないが、その後どのような人生を生きたのであろうか。


     ★ ★ ★ ★ ★

私は、この出来事自身よりも、
昔はその様な人間関係が存在していたこと
を噛みしめずには居られない。
五郎君という戦災孤児も、彼に雅昭君を託した避難家族にしても、彼らの取った行動は、きわめて特別ということでなく、
半世紀前の日本では、
その様なことは、かなり普通に有ることだった。

この記事へのコメント

Alps
2009年08月07日 15:39
戦前・戦中・戦後を通じ、偉大な夫君、優れたご子息を、支え・育てながら、自らは泥にまみれて鍬を取り、その傍ら優れた短歌を世に出された、金子きみ様がお亡くなりになられたとお聞きして、又一つ大きな星が消えた感に浸っています。
「戦後の経済成長は…、便利・敏速・繁盛・斬新、溢れる物量に押しまくられて心は縮む。わたしにはそれが、ものが心を食べている姿に見えて仕方がない。」
という、きみ様の言葉は心に沁みる。
きみ様のご冥福をお祈りしつつ、本ブログ記事を拝見しました。
佐久間象川
2009年08月10日 01:32
Alps様が引用している、金子きみ氏の言葉。
今の世相になって、本当に共感しますね。
同時に、このような類の発言をする人物が、一人、また一人、と減っていくのを寂しく思います。
Alps
2010年06月02日 16:19
金子きみ様が亡くなられてから間もなく一年経ちますね。今、改めて大きな星の消えた事を痛感しています。

今日、2010/6/2鳩山由紀夫氏の首相退任の報を聞いた。鳩山内閣への期待が大きかっただけに、失望も大きく期待を裏切られた感を持っている人は多い。言動が一国の首相としては余りにも幼稚だったし、こんな政治家の多い日本を心配せざるを得ない。

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