日本の国際化と杉原氏

「ユダヤ人大虐殺の証人、ヤン・カルスキ
     (ヤニック・エネル著、河出書房新社)
   という本の書評を、新聞で目にした。

第二次大戦の始まりまで、ポーランド国内のユダヤ人は
  約350万人居て、米国に次いで世界で二番目に多かった。
  それが戦争が終わったときには生存者が25万人だけだった。
  1939年のナチス・ドイツ軍によるポーランド占領以後の
  大量虐殺の第一歩は、首都ワルシャワにゲットー
  造られ、38万人のユダヤ人が閉じ込められたこと。
1942年の夏以後、5000人単位で絶滅収容所に送られた
  のだが、ナチスは情報管理をして労働施設への移送
  と発表していた。
  ゲットーのリーダーに依頼されてヤン・カルスキは
  使者を引き受け、西欧諸国にこの実態を伝えた。

その後のヤン・カルスキの生きざまの話題が、書物の主題
  だが、それは兎も角として、この書評に引用されている
  データが、私には衝撃であった。

イスラエル国会は、ユダヤ人を救済した非ユダヤ人を
  「諸国民の中の正義の人」として顕彰しているが、
  2010年1月現在で、 ポーランド国籍 6195人、
  オランダ 5009人、 フランス 3158人、
  日本人は1人(杉原千畝)、 という数字
、である。

現在の人類の文化の歴史を振返ってみて、特に、
  芸術・科学の分野への、ユダヤ人の貢献は
  極端に大きい。 そのことを思う時、
  その民族の危機に際しての、各国の関与の
  この数字を見て、日本は恥ずべきものがある。

     ★ ★ ★ ★ ★

こういうと、地理的、歴史的状況が、上の数字を
  産んだとする言い訳、が聞かされそうな気がする。
そうではなくて、 日本では、どのような種類の人間が
  官僚として出世し、 政治の権力の座に付くか、
       という所に問題が有る、と私は感じる。

以前に公開した記事:
     ▲「人間の評価」に就いて(2) :[B-29]
  を見て頂きたい。
上記の、たった一人だけ名前の出ている杉原千畝を、
  我が国は、どのように処遇したか
、を、
          今の日本人の多くは、知らないだろう。

実は、この「ヤン・カルスキ」の書評を見た新聞の書評欄
  (今週の本棚)で、その隣にもう一冊紹介されているのが、
  「史記列伝抄」(宮崎市定訳、国書刊行会)である。
  この紹介文もまた素晴らしいものだが、そこに
  内容の一例として『伯夷叔斉』の話題が引用されている。
  そして、この伯夷叔斉のような人物も
     日本の歴史には存在しなかっただけでなく、
     現在の若者は知らない、 のではなかろうか。

現在の日本を操っている、”程度の悪い官僚”の、
         国民を国際化するための発想が、
     “小学生からの英会話”、 である。
  私に言わせれば、日本の本当の国際化のためには、
  官僚の採用試験に「伯夷叔斉」を知っているかを問い、
  今からでも、嘗て杉原千畝をあのように処遇した
    当時の上司官僚を処罰すること、が必要だと思う。

前記のブログ記事の中から、
      杉原千畝に関する部分、を引用、再掲する:

     ★ ★ ★ ★ ★

5000人のユダヤ人の命を救い、日本のシンドラーとして
  知られる杉原千畝氏は、 1947に依願退職の形で
  外務省を去っているが、実際はユダヤ人へのビザ発行
  が訓令違反に問われた為(終戦後である!)。
天下りは愚か、就職の世話もして貰えなかった氏は、
  戦後の日本で、行商で生計を立てた。  1986に死去。


  1991/10に、外務政務次官が遺族を招いて
               功績をたたえ「復権」、
  2000/10/10に、外務省が名誉回復した。

  エルサレムの「ヤドバッシム皆殺し博物館」への通路の
  街路樹に、日本人として唯一人、名前を刻まれている
  杉原千畝氏に対する処遇が、この様なものである。
    鳩山や管が首相の座に座り、
    終戦後になって杉原を処罰する官僚
               が権力を持つ
    ことを想う時、
  日本は世界に対して顔向けの出来ない国、ということになる。

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  • 日本人と先見性

    Excerpt: ユダヤ人救済への貢献が世界で評価された唯一の日本人   である杉原千畝を、日本はどのように処遇したかを      ▲日本の国際化と杉原氏:[B-157 ]、 に書いた。 同様に、原発、プルトニウ.. Weblog: 佐久間象川 racked: 2011-07-09 17:39