日本人と先見性

ユダヤ人救済への貢献が世界で評価された唯一の日本人
  である杉原千畝を、日本はどのように処遇したかを
     ▲日本の国際化と杉原氏:[B-157 ]、 に書いた。
地震予知に確率論を持ち込む着想を1970年代に提唱した
  力武常次を、日本はどのように処遇したかを
     ▲常識の変遷(5a) 力武常次 :[B-61]、に書いた。
同様に、原発、プルトニウムの安全性が論議されるようになった
   現在の世界的潮流のなかで、先見性を評価される
   高木 仁三郎( じんざぶろう)も、生前は処遇されなかった。

事故、災害、戦火などを経て、或る人の見識が、歴史的に評価
  されるようになると、その人の「先見性」という言い方で
    称賛されるようになるが、
  本質は「先見性」ではなく、「合理的な見識」、だろう。

高木は、群馬県前橋市で1938年7月18日に生まれた。
  群馬大学教育学部附属中学校、群馬県立前橋高等学校、
  東京大学理学部化学科卒業、専門は核化学。
  原子力発電の持続不可能性、プルトニウムの危険性など
  について、専門家の立場から警告を発し続けた人物である。
経歴は、1961年、日本原子力事業(総合研究所核化学研究室)
  に勤務。 1965年、東京大学原子核研究所助手。
  1969年、東京都立大学助教授。 1973年、東京都立大学
  を退職。 2000年10月8日、大腸癌で死去。
  (なお、Y君が1964年に発表した学会誌論文に、原子核
   研究所での核化学実験の報告があるから、高木と顔を
   合わせた可能性があるが、その後の接点は無いらしい)


今回の東日本大災害が現実に発生してみると、特に
  地震の際の原発の危険性を予見し、地震時の
    対策の必要性を訴えたほか、脱原発を唱え
  脱原子力運動を推進した、高木の先見性は見事であった。

彼は原子力業界から独立したシンクタンク・原子力資料情報室
  を設立、代表を務めた。 資料として残る学会誌文献は、
「日本物理学会誌」Vol.50 No.10,1995、に掲載された、
   『核施設と非常事態 ― 地震対策の検証を中心に― 』、だが
  其処には、 「地震」とともに、「津波」に襲われた際の
  「原子力災害」を予見。 「地震で長期間外部との連絡や
  外部からの電力や水の供給が断たれた場合には、
  大事故に発展」するとして、早急な対策を訴えている


彼は此処に書いている内容を、新聞、テレビ等でも、活発に
  発言をしていた。  しかし、
「現在見ると当然」、の主張をしたために、
   「当時は社会的に冷遇」、されたのは、
  杉原千畝と同じ
である。


     ★ ★ ★ ★ ★

3.11以後の日本では、「原発反対が真っ当な主張であり、
  原発使用の主張意見にはいかがわしさを見てとる
  のが良識」、の様な風潮があるが、半世紀前とは
          随分と変わったものである。 
評論家も、マスコミも、3.11以後になると、以前に
  自分が何を言っていたかは口を拭っている。 それは、
  浅間山荘事件が起こると、それまでの新左翼礼賛が
  一夜にして逆転したのと、良く似た風景
      (敢えて、1945・8・15とは言わないが)である。
司法関係では、裁判所がどのように対応してきたかの概略は
     ▲裁判所と原発:[B-156]、   に書いた通りである。
   原発設置を巡る長年に亘る各地の訴訟で、原発の安全性
   に対して明確にノーを突きつけた判決が二件あったが、
   二件とも「上級審でひっくり返された」。 それらの上級審に
   「国側を勝たせたいということだけが、一貫している」
      と批判があったり、 その他の原発訴訟でも、
   「判決の間違いは、自然が証明するだろうが、 その時は
      私たちが大変な目に遭っている」、とか、
   「裁判所の印象は、論理の通らない世界。 原発は国策
      との意識だろう」、との識者の意見があったりしたが
      {▲「科学技術過信」ではない(続):[C-251]、}、
             裁判所は変わらなかった。
政治家も ▲原発謝罪の歴史:[B-154]、
       ▲再度、“文系と理系”:[B-155]、  に書いた通り、
   国の舵取りには論理を大切にして貰いたいが、
     それこそ日本社会では受け入れられないものだ。
   それどころか現在になると、
   管首相のように、「浜岡原発停止」や「新エネルギー」、を
   自分の売名手段の方便にするのまで
      現れる。 キャズ君の主張が、証明されている。

 1945までの日本では、責任を取るとは切腹することだった。
   政治家に限らず、戦後日本を劣化させた根本原因は、
   責任を取るということが、机の前で並んで頭を下げる
   という、安直なこと、になったところにある。


     ★ ★ ★ ★ ★

学者でも、地震学の専門家が学術発言しても、原発至上主義
  の時代には「反原発」のレッテルを貼られるだけだった例は、
  上記の、▲ 原発謝罪の歴史:[B-154]、に引用しておいた。
  その一因をキャズ君は 「原発震災は、科学技術過信
  の果てに生じた」、と書く様な報道にも責任がある、とした。
    ▲「科学技術過信の果て」ではない:[C-250]
  に引用した石橋克彦・神戸大学名誉教授(地震学)の話に、
  地震とそれに伴う原発事故と複合する「原発震災」を
     97年から警告し続けたが無視された経緯が含まれ、
       ▲ 「科学技術過信」ではない(続):[C-251]、には、
  今村明恒は関東地震(1923年)や東南海地震(1944年)が、
  いずれ襲って来ることを予想して、為政者や人々に防災の
  準備を説いたが、彼の警告には批判が多く、
        今村は辛い思いをしたことが紹介されている。


学者でも、 高木 仁三郎、力武常次、や今村明恒のように
「あの人の言った通りだった」ということになる意見は、
災害が起こるまでは、日本社会では受け入れられない
ことが、これらの歴史で分かる


     ★ ★ ★ ★ ★

高木 仁三郎よりも一回り若い世代では、自身が研究の前線
  に居て反原発を唱える人達も現れている。
京大原子炉実験所(大阪府熊取町)は、
  「原子炉による実験及びこれに関連する研究」を目的として、
  全国の大学の共同利用施設として1963年に設置された。

小出裕章助教(1949/8東京都台東区生まれ、開成高校卒、
  1968東北大・工・原子核工学科入学、1974原子炉実験所
  入所)、 今中哲二助教(1950/9生まれ)らを含む
  「反原発6人組」が、京大原子炉実験所に在籍したまま
  反原発の活動を出来ている。

それは、「この実験所がもともと中性子を出すための道具
  として造られ、物理学、化学、医学のがん治療にも
       中性子を使って研究する分野があり、
  原子炉推進も反対も関係ない」、ためである、とされている
  ものの、矢張り時代の変化、を感じずには居られない。

元々、京大原子炉実験所の設置に強く関った吹田徳雄教授は
  原子炉安全委員会の初代委員長だった方であり、Y君の恩師
    であるが、 吹田研究室でY君の一年上級生だった
  柴田俊一氏が原子炉実験所の第三代所長であることからも、
  原子炉を明確に意識した施設であったことが窺われるのだから。


     ★ ★ ★ ★ ★

今回話題にした原発の歴史に限らず、
  戦後日本を劣化させてしまった根本原因は、
  責任を取るということが、安直になったところにある。

  「死ねば皆、仏様」、 という小泉流を
          改めることが大切である。

杉原千畝、力武、高木 、今村、らを、あのようにして
  生涯を終わらせた責任のある者は、たとえ当人の死後
  であっても墓を暴いて唾し、然るべく論難しなければ、
         今後の人に対する戒めにならない。
  科学技術が一神教(ユダヤ教、キリスト教、イスラム教)
  の文化圏から生まれたこと。
  近代化の本質である合理性はイスラム教のほうにあり、
  中世までは、技術・哲学でイスラムが先行していた。
  16世紀に、ギリシャ哲学とキリスト教神学の融合で
  「理性」が浮かび、宗教改革後のプロテスタントから、
  世界を理性で理解する自然科学が生まれたこと

         は、真面目に考えなければならない。

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