原発御用学者のネーミング

昨今の「ゆとり世代」と呼ばれる若者社会人は、現代の大人たちから見ると、いろいろと幼さを感じる世代である。
70年代に、詰込み教育の弊害が論じられて学習内容を減らすように指導要領が改訂され、90年代には学校五日制になった教育制度、の中で育ってきた世代が彼等である。

ところで、戦後の日本を復興させた世代は、殆どの人が
  小学校だけしか、学校教育を受けていなかった。
  戦前、戦中の日本では義務教育は小学校だけであり、
  中等教育を受けたのは、 10%以下くらいだった。
  (時代や地域で相違するが)

戦後の新学制が1947年に発足して、日本の教育が
  変わった頃に生まれた子供たちが
  大学を出るのが、 1960年ごろからである。
  彼ら世代が、高校→大学生→社会人、と進んでいく
  のを、当時は「新制ツ子」、と呼んで、教育界も社会も、
  気にしながら見つめていた。
  丁度、半世紀の昔のことである。

「ゆとり世代」、「新制ツ子」のように、社会変革で、
  生活習慣、言葉づかい、などの変化するときには、
  旧世代は新世代に対して、不安や不満を持って
  見ているものである。

     ★ ★ ★ ★ ★

旧世代の人達は、新教育を受けた若者が、自分等と
  価値観や考え方が違うのを、教育の結果と
  受け止めてきた。  しかし、若者たちに実際に
  影響を与えたのは、社会環境や生活習慣
である。

「新制ツ子」が生まれ出た頃に、当時まだ残っていた
  旧制高校の校舎に入学した最後の旧制高校生、
  「新制ツ子・旧制高校生」が、それ以前の世代と
  異質なのは当然だろう。

精神構造に於いて旧制高校教育と真反対な人物(世代)が
  旧制高校出身者であると自称することへの不快感を、
  ピアニスト君はブログ:▲ 「おひさま」の話題(2):[A-140]
に書き、キャズ君が、人間社会の歴史的経過の中では
  仕方のないこと、とコメントしている。

私は新しい世代が正しくて、それを批判する旧世代が
  間違っている、とか、それの逆である、とかでなくて、
  これは人間社会の歴史の「業」(ごう)、だと思っている。

ギリシャでも、ローマでも、最盛期を通過した後で
  衰退に向かう時、多くの老人たちは社会の行く末に
  不安を感じて、発言していたのだろう。
「新制ツ子・旧制高校生」が、「小学校だけしか学校教育
  を受けていないが、戦後の日本を復興させた
  旧制世代」を、見下している図式は、
  ギリシャでも、ローマでも見られた、のだろう。

     ★ ★ ★ ★ ★

週刊新潮9月29日号に、「御用学者と呼ばれて」
  という標題で、原子力と放射能の専門家4人の対談が
  掲載されている。 澤田哲生(原子核工学、東工大)、
  奈良林直(原子炉工学、北海道大)、松本義久
  (原子炉工学、東工大)、三橋紀夫(放射線腫瘍学、
  女子医大)、の人々である。

この人々が従来どのような発言をし、それを当時
  どのように受け取られてきたか、を説明している
  のだが、納得のいく話が多い
  私等が技術者として常日頃感じる諸事情が
  多く述べられているからである。
  政府の対応の鈍さ、とかマスコミの報じ方のピント違い
  とか、その辺にこそ問題があるのだ
、と感じさせる
  発言が多い。
  但し、論理を咀嚼するのに、多くの努力を要する
  のは事実である。

「ゆとり世代」、「新制ツ子」、「御用学者」、「原発文化人」
 、などのネーミングを付けて話すと説得力を持ち易い
  ので、自分でものを考えない人達に影響を与え易い。
その意味では、前回の記事
▲ 原発文化人50人斬り:[B-160]、 に紹介した、
  「原発文化人50人斬り」(佐高信著)、という本
       (あまり褒めたものとはいえないが、
        前回書いた意味合いで見るべきもの)
  の方が、この週刊新潮記事よりも影響力が大だろう。

     ★ ★ ★ ★ ★

分かり易い、とか、その人の肩書だとかで判断するのでなく、
  内容をよく吟味して自分の意見を決めるようにしないと、
  社会全体の未来を誤ることになる。
ギリシャ、ローマに限らず、栄枯盛衰が人間歴史の
  「業」であるならば、それも、言ってもせんかたないのだが。

この記事へのコメント

変人キャズ
2011年10月01日 14:28
9/28の毎日新聞「記者の目」欄に、学者・評論家の主張を記事にする論壇の担当者である鈴木英生記者が、面白いことを書いている。 東日本大震災後の論壇バブルを見ると、危機を機会に従来の主張を蒸し返す人たちも、今更目覚めたと告白する人たちも、実に軽く、無責任に感じられる。
これに対して老齢の識者たちは目の前の現実には十分に反応しながら、現状を相対的に見て将来を構想するスケールの大きな主張がある。 主張への賛否以前にこの年配の論者たちの覚悟の重みが、若い人たちと決定的に違うのを感じる、というものである。
メデイアの最前線の交通整理をしている、この筆者の感想は、さもあらんと想わせる。

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