硫黄島の暗号兵(1)

写真の裏の真実」(岸本達也著、2011.12.8、幻戲書房刊)、という本を読んだ。
第二次世界大戦の末期、硫黄島の日本軍司令官栗林忠道中将の通信担当員であった坂本泰三(サカイタイゾー)曹長は1945/3/17早朝、米軍の捕虜となった。 この人物の軌跡を辿った取材調査の記録である。
硫黄島の戦闘と、栗林中将に付いては、私らの仲間は特別な思いがあることを、今までにもブログに書いてきた。 私自身のブログには:
   ★ 人間の評価: (7)秋の叙勲・栗林忠道①: [B-66]
   ★ 人間の評価: (7)秋の叙勲・栗林忠道②:[B-67]
がある。  また、キャズ君のブログには
   ★ 日米開戦70年(2):[C-266][2011/12/8]
   ★ 日米開戦70年(3):[C-267][2011/12/8]
晩秋君のブログには:
   ★ 硫黄島から栗林の意見具申:[L-27][07/10/14]
のようなものもあった。

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硫黄島への興味で、「写真の裏の真実」を読み始めたのだったが、この本は報告書としてはまだ未熟な、「調査記録」の段階のものである。
著者の関心を外れた部分で、私に興味深く感じられる話題が幾つもあった。 私が戦中派であること、と坂本が長野市の出身であることのためである。

●例えば、242頁に日本軍の装備としてM99ライフル銃の記述があるが、昭和20年に私の在学していた高校は工場に動員されて、同級生全員でこの銃を作っていたことを想起した。 関連して、何十年も忘れていた出来事を幾つも思い出しました。
当時、毎日12時間働いていた私の目前で同級生がフライス盤の歯に手を巻込まれて5本の指をガリガリと削り取られたこと。
空襲のときに防空壕とも云えない手掘りのタコつぼに避難したが、隣のタコつぼにいた女子中学生が死んだこと。
これらの厳しい出来ごとは、老人でも私等より一回り若い人には理解して頂けないだろう。
また坂本泰三の父君の経営していた長野市のベントナイト鉱山の話を、その頃大人が話題にしていたのを聞いた記憶がある。
●「硫黄島未だ玉砕せず」の著者、上坂冬子(31、91頁)は、本人の著書の中では経歴に長野に在住したことがあることは一切触れていないが、実は若い時に長野市に居たことがあり、私は会っている。
そのことを仲間の“変人キャズ”君が、ブログ:
    『  日米開戦70年(2):[C-266][2011/12/8]
       60年前の回想(3):[C-204][2010/4/3]』
に書いている。
●その上坂冬子の「硫黄島未だ玉砕せず」に書かれている主要人物和智恒蔵の住居のごく近くに私は頻繁に行っていた時期があったのだが、その家で生まれ育った和智の娘さん、小川千加子(29頁)が、「写真の裏の真実」の中で非常に重要な人物となっている。
●著者岸本氏が取材で歩いているうちに世話のなったご婦人のご主人が戦死した話(24頁)なども、我々世代にはミッドウェイのブログ記事のような内容を想起させるが、岸本氏にはご自身が書いている通り理解し難いことであろう。

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ところで、「写真の裏の真実」を、当初は硫黄島の戦記と思って読みだしたのだが、読み進むうちに、その様な主題でなく、20世紀後半の日本の歴史に拘わる知られざる重大な歴史事実が秘められていることが分かった。
現在の国民の多くやマスコミは、一応の世間常識で、自身も歴史を大体承知している心算で居る。
実際はそうでなく、重大な事実が多くの人に知られないで居ることを、私も幾つか見てきた。 八王子在住のK氏の件。 広島に投下されたハイゼンベルグの手紙の件、などである。

『この本は報告書としては未だ未熟な、「調査記録」の段階のもの』、と書いたが、それは著者の力量や努力の不足のためでなく、調査内容が余りに深刻なモノである上に、関係者の多くが死去しているためである。
若しも、現段階でこの本を出して置かないと、日本の歴史と進路に大変に大きな影響を与えた因子が完全に埋没してしまうであろう。
著者はその様な思いで、自身も未熟と感じる段階での出版に踏み切ったのは正しい判断だったと思う。

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