何が正しいか(1)

何が正しいと考えるかが、人に依って相違すること、を、
   ▲ 死刑執行に思う(2):[B-173]、   に書いた。
7/28日の新聞のコラム「雑誌批評」に山田健太氏が書いている、「現場に行くことは罪か」、に刺激を受けたので、再度この問題を取上げる。
最初に山田氏の論説の概要を紹介する:

写真月刊誌の編集長が公表した、「私は警戒区域に入ったという罪で、南相馬署に出頭を求められている。私はそれが悪いことだとは思っていない」、で始まる一文、
     を出発点とする論説、である。
取材過程で、形式的に法を破ることは、珍しくない。
公務員の守秘義務を超えて秘密を聞き出し、警察の定めた警戒線を超えて現場に近づき撮影することは、ジャーナリストのイロハである。 (中略) 
雑誌にとって、法を順守することでなく、読者の知る権利を守ることが、最上位の規範、である

この(中略)の部分に非常に微細なニュアンスに富んだ議論があるのだが、それを記載すると論旨がボケるので、ここでは敢えて省略した。 論説としては山田氏はそれを省くことは出来なかったに違いない。  結論的に大賛成である。
と同時に私が連想したのは、最近に何度かメデイアを騒がせている京大大学院教授の公的研究費流用事件、である。
2012/6/30日の毎日新聞・余録欄、を引用すると、

東京地検に依る研究室などの家宅捜査を受け、辻本豪三教授は辞職した。 元教授は人の遺伝子情報を元にした新薬開発研究の専門家だったが、架空取引による裏金を業者に管理させる「預け金」を行っていた。 
▲聞けば、このような預け金、多額の研究費を物品購入に使う一部理系研究者の間では常態化しているといわれる。
昨年行われた調査では48の研究機関で7900万円の不正が発覚したというから情けない。 預け金防止策が取られていた京大でも今度のような始末である
と書き、
学者を金から遠ざける機械が必要になりはせぬかと、心配だ
と結んでいる。

単純な頭脳構造を持った記者のようで、世の中の人間は皆、自分と同程度の頭脳だ、と簡単に信じている、のが分かる。
研究者を目指す程の優れた頭脳の持ち主を、そのように推測して不思議を感じない、この程度の人物がマスコミの然るべき地位を占めていることが、日本社会の不幸である。

山田氏の表現を用いると、  『規範』というものには、上位、下位の区別があり、最上位の規範ともなると、素人には理解が難しいものもある
メデイアの関係者は仕事の性質上、それが分かっていないと困る筈なのに、この余録の記者は困ったものである。
第一線の研究者の間で、その様な行為が常態化しているのは不思議だ、となぜ考えないのだろう。

大学教授という名が付けば皆、研究に熱心だと思うのは、世間の誤解である。
実際は、その中の僅か1%が研究に情熱を持っているだけ、である。
そして、「預け金」のような問題を生じるのは、その極少数派である「研究に情熱を持つ教授」にだけ限定されている現実がある。
その様なことは、一般社会人は知る必要は無い。
しかし、報道に携わる人間がその事実に無知であれば、報道の内容が歪むのである。

多くの人間が居れば、中には悪い奴も居るので犯罪も行われるであろう。
しかし、大多数の大学教授はそのような犯罪を犯さないのに、少数派である第一線の研究者の間で、その様な行為が常態化しているのは不思議だ、となぜ考えないのだろう。

山田健太氏が書いている「現場に行くことは罪か」に出発する論説に私が刺激されたのは、専門分野は相違しても、第一線で働くということは似た側面を持つこと、に興味を持ったからである。

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