最高裁長官の不誠実

1959年に田中耕太郎最高裁長官が犯していた
            犯罪行為
 が、発覚した。
米国立公文書館に保管された秘密文書で分かったことだが、
日本の司法が米国政府のために図った具体的な便宜内容が
明かになったのは初めてのことで、憲法や裁判所法に
違反する行為である。

砂川事件(1957年7月)で起訴されたデモ隊の7人は、59年3月の
  東京地裁の判決で無罪となったが、その理由は起訴の根拠
  になった日米安保条約が憲法9条に違反するというものであった。
そのため、検察側は高裁を飛ばして最高裁に上告し、
  最高裁大法廷は同年12月に一審を破棄、差戻し審で
  7人は有罪となった。
60年の日米安保条約改定を控えた当時は、米側は
  最高裁大法廷が全員一致で米軍基地の存在を合憲
  とする判決が出ることを望んでいた。 

マッカーサー駐日大使から米国務長官に送られた秘密書簡 を、
  府川玲子・元山梨学院大教授が開示請求して入手したところ、
  そこには、上告審公判の前に、田中長官の発言としての
       最高裁の公判日程の情報が伝えられ、
  長官の意見は「結審後の評議は全員一致を生み出し、
  世論を揺さぶる元になる少数意見を回避するやり方で
  運ばれることを願っている」との記述があった。
また、書簡では、砂川事件一審判決が日米安保条約改定
  手続きの遅れに繋がっているとの見解を、日本側が
  在日米大使館に伝えていたことも書かれていた。

前回の記事: ▲ 「オームの公判」報道を見て:[B-192][2013/3/25]
にも書いたばかりであるが、日本の法務関係者の、表面的な
  つじつま合わせにだけ関心があり、実質的な意味に無頓着な、
  不誠実
さは、我々の仲間が、今迄に何度も書いていることである。
     ▲法務省の仕事ぶり:[L-107[13/03/27]
だって、その一例であろう。

人間は、所属する部族の文化というものは如何ともなし難いもので、
  著名であり、世間的には最も信用されていた司法関係者
  であった、田中耕太郎当時最高裁長官でも、
  裏に回ると、この様なことを犯していた
、のだった。

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