タイム・マシン

子供の頃に読んで以来、数十年ぶりに、
      「タイム・マシン」、 を読んだ。
小学生時代に読んだものは、恐らく子供向きに編集された本
  だったのだろうし、記憶では、時間軸に沿って、過去、未来
  へと移動することだけに興味が有るもの、だった。
  成人してから見た、この題名の映画も、
               内容の半分は同じであった。
しかし、本書の本来のテーマは、『進歩の果てにやってくる、
       種としての人類の破滅』
、である。
  今回読んだのは、原著の訳本だから、この小編に託して
  ウェルズの思い描いた所説を理解できて、
  永年持ち続けていた「読んだ心算」を訂正し、
     ウェルズの先見性の素晴らしさに感動した。
 しかも、これが書かれたのが1895年で、日露戦争よりも前、
  私の父親の生まれる前であったことを思うと、驚嘆する。

それと同時に、 以前にキャズ君が
     ▲ 人類滅亡論[2]人知の限界 ◆超科学(2)
                :[C-3] [05/04/12]:  に、
第二次世界大戦は、発端から終結迄、H.G.ウエルズ、
  及び水野広徳の予言した通り、の筋書きで推移した。
  日露戦争の最中に死去した小泉八雲も、日本が
  対露戦勝の後に先進国連合と戦って壊滅する
  事を予想しているのに驚く』
         と書いていた、  のを思い出したのだが、
今回読んだ訳本の巻末の解説を見ると、
  あの時代には、ウェルズ1人でなく、
  その辺の論議が多く行われていた、のだという。
  この作品の時代背景としての、このことは、
  今まで知らなかった。

     ★ ★ ★ ★ ★
。  
紀元80万2701年の世界、に着陸したタイム・マシンから出て
  見る社会では、家族制度もなく、両性の区別も消滅している。
20世紀頃以後も人類が鋭意築き上げた社会の進歩の成果で、
  病気や食料の心配は皆無となった人類史の頂点で、
  子孫の生命が保証され、生活安定や社会改革のための
  努力も必要なくなったのだったが、それを遥かに通過した
  社会では、家族制度の必要もなく、両性の区別も消滅たのだ。

人口は増加も減少もしないし、労働からの解放は当然として、
  経済流通制度も消滅している。 嫉妬や母性愛のような
  激情も無くなっているし、其処に見る未来人は肉体の
  貧弱さ、頭脳の悪さ、が特徴である。 知的なモノにしろ、
  肉体的なモノにしろ、昔は必要なものであった「力」が
  全て邪魔、になってから数十万年経っているからだ。
芸術的想像力も消滅して、この80万年後の世界に建つ
  建築物は大昔の人類の残したモノの残骸だけである。
  知性というモノは変化、危険、困難と引き換えに人類が
  得たものだったが、変化も変化の必要性もない世界では
  知性は無用だからだ。

これがウェルズの見た人類の未来、であった。 そして、
  その(文明の増大が愚かさの増大を齎した)未来社会
  の特徴のうち、何万分の一かを、21世紀の人類社会に、
  既に見るように、私は感じる。

★ ★ ★ ★ ★
。 
ところで、その訳本(岩波文庫版)の解説文が不満なのである。
その解説文に依ると、
  H.G.ウェルズ(1866/9/21~1946/8/13)は、著作生活
  の中で相矛盾したことを述べたり、実生活でも多数の
  愛人を持つなど、世間の常識から見れば分裂症的な性格
  もあって、後年の評価は必ずしも高くはなかった、とある。

これは、多分本当のことだろう。
  翻訳者は原作者を過大に褒めあげる必要もないし、
  史実と評価を公正に伝えるのが解説文の役割だろうから、
  悪評があればそれを伝えるのは必要である。

しかし、またその作品を選んで翻訳したのには、それなりに、
  作者や作品に対する高い評価が、あった筈である。
  そのことを書かなければ解説の意味が無い。
  今回読んだ岩波文庫版のこの本の解説には、それが無い。

123頁の作品に、17頁の解説文は、長すぎるが、
  内容があればよい。  しかし、17頁の大部分は、
  過去の評論家の文章の引用である。  これでは、
  学校で出された宿題の、出来の悪い回答、みたいである。

その意味で、翻訳者、橋本槇矩という人物の巻末解説を
  読んでいて、私はこの人物に好感を持てなかった。
  この人については何も知らないのだが、私の狭い
    知見で知っている大学の英語教師たちの中に、
  この様な『論文』(と称するモノ)、を書く人が非常に多い。
もっと要領よく纏められる内容の文章を、十倍以上もの
  長さのだらだらしたものにして、大学紀要などの
  (審査員の居ない)印刷物にして、業績に数えている
  連中である。
専門分野の研究に時間を割くのでなく、多く大学の非常勤
  講師などを兼任して毎年同一内容の講義を繰返す
  ことで人生を過ごす連中である。
  尊敬できない人物が非常に多いのだが、この人も
  同様な人柄なのではないかと想像する。
。 
ウェルズの書いた文章の、 字句は翻訳出来ても、
     その背後にあるものを汲みとることは、
     この人には出来ないのでないか。
  そのために1895年にウェルズが人類の未来について
  此処までの洞察を持ったことの偉大さを理解できないまま
  この『解説』(と題する駄文)を書いているのでないか。

何故この人物がタイム・マシンの翻訳に手を出したのか。
  せめて、それだけでも書いてほしかった。
  作品に惚れ込んだというのでなく、英語で書かれた
  有名な作品だからという動機でやった仕事でないか。
  そうだとしたら、ウェルズには本当に気の毒なことである。

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