佐久間象川

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help リーダーに追加 RSS 性悪説論者の弁(1)

<<   作成日時 : 2005/12/29 12:08   >>

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性善説と性悪説の衝突の歴史は長い。
此処で、何故、この様な話題を展開し始めたかというと、キャズ君の記事「★耐震強度偽装問題」に、私が不満だからである。
長くなるから、本論は、次回に陳べることにして、今回はその前提となる話をする。

★私が郷里の長野でお世話になった恩師、H先生は荀子の研究をライフワークにしておられた。
性善説の代表選手が孟子であり、性悪説のそれが荀子である、ことは良く知られている。
このH先生の影響が、今日の私の感性の基礎にあって、 自分では中庸の心算で居るが、世間的には、私は性悪説派に見えるらしい。

H先生は私の生れた年に大学を卒業し、中学校教諭になって間も無くの頃、弘道館から昭和漢文叢書を発刊する計画の中で、荀子新釈の執筆を懇請されて以来の荀子研究である。
そのH先生の説によると、荀子を研究するに当って、是非とも参考にせねばならない著書が2冊あり、「久保愛」著と、「塚田大峯」著のもの、との事である。
この久保氏も塚田氏も、経歴としては全国的な足跡が記録され、特に久保氏は安芸の国出身と伝えられているが、実は氏は長野県松代町出身であるし、塚田氏は長野市桜枝町(当時の信濃国水内郡長野村)の出身であって、共に長野県の出身者である。
そうしてみると、H先生ご自身も含めて、荀子と長野県とは、特に相性が良いのかも知れない


なお余談だが「二人のピアニスト」君のご母堂は、桜枝町で生れたのだと聞いた。
{★:海外旅行(3)}、にキャズ君が書いているように、ピアニスト君の祖父がその隣町、元善町に移ったのは、ご母堂の出生後だと思う。


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長野県人は、よく言えば、誠実、生真面目、勤勉であり、悪く言うと、理屈っぽい、泥臭くて不器用、要領が悪い、などの県民性がある。
感覚的に云うのでなく、データを見ても、国策に沿って満蒙開拓義勇団に参加した人数が、府県別で最高であり、随って、終戦時に満州で、ソ連軍の犠牲になった人数も最大であった。
同様に、太平洋戦争の戦地での死傷者も、他府県と比較して長野県人は可也多い、ことが知られている。
(サイパンの万歳岬の近くの戦跡に、長野善光寺の慰霊塔が建っている)。

この様に、誠実で要領の悪い県民性、を育んで来た一つの要素が、教育であった。
幕末の日本中の寺小屋の数の、一割近くが信濃の国にあったことや、
明治初期の就学率が、全国平均の二倍ほども有り、当然府県別で一位であったこと、
県独自の教育団体『信濃教育界』、や実質的県歌『信濃の国』の存在など、
歴史的な背景がある。


幕末の京都で洋服を着て、暗殺された佐久間象山も、 松井須磨子も、硫黄島の総指揮官・栗林中将も、 久保愛と同じ松代町である。
「シャボン玉とんだ」の中山晋平や、 俳人一茶など、優れた庶民的文化人を輩出している一方で、 派手な権力的政治家は無くて, 羽田孜が唯一の首相である県民性である。


仮令要領が悪くて暗殺されたにしても、 その佐久間象山を師と仰いだ吉田松陰、の門下生たちに依って、日本は文明国に仲間入りが成就し、 攘夷を謳っていた武士達も、全て洋服を着用するようになったのだから、それを象山に見せたかった。
私はおこがましくも、佐久間象の4字を戴いて、自分の名前としている。


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私のブログ仲間の記事に就いては、{★:「カルタゴの旅」を想い出しながら}、に紹介しているが、 同郷の長野の、それも年齢的に近い連中である。
 (註:Y君のブログは整理が出来たら「カルタゴの旅」に追記する予定になっている。 R君のものは、今後も一般に公開する気持ちは無く、仲間内だけの閲覧である。 時々彼の記事を断片的に仲間が孫引きをするのは、そのためである。)

この仲間は皆、H先生の影響を受けているが、 中でもキャズ君とY君は直接に学校でクラス担任として指導を受け、 人生の進路がそれで決まった経緯が有るので格別である。
札幌農学校で内村鑑三、新渡戸稲造を育て、あれだけの足跡を残したクラーク博士が在籍したのがほんの短期間であったのが知られているが、 H先生に私たちがお世話になったのも、約一年間ほどの短期間に過ぎない。
優れた教育者とは、こうしたものである。


Y君は専門分野で、大きなヒットを飛ばし損ねた事がある。 歴史的な大発明、大発見というものは例外なく、同時期に世界中で何人もの人が着想を持っていて、運の良い人が栄光を得る。 それを承知のY君がこの年齢になってから、その運の無かった事を愚痴るようになった。
聞くと、彼自身の栄誉ではなく、彼の両親、及びH先生の業績として、あの機会をモノにしたかった、との想いが募るようになったのだそうだ。
Y君のブログ整理に時間が掛かっているのは、その辺の事情もあるようだが、 私も『H先生のお陰であの人生を歩んだ彼』、の気持ちとして、その様に考える事は、理解出来る。

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参考:
★[B-25] [2006/01/07]: 性悪説論者の弁(2)
★[B-26]: 性悪説論者の弁(3)
★[B-51]:性悪説論者の弁(4)
★[B-66]:人間の評価: (7)秋の叙勲・栗林忠道@

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佐久間象川
2006/01/10 17:17
「ホージンノススメ」へのコメント
 若林様: コメントを有難う御座いました。  以前に、私のブログ記事:(性悪説論者の弁(1))、に述べたとおり、私の同年輩の仲間が時々交歓する時に話題になったテーマを、それぞれのブログに書くものだから、同一の事柄を各自が書いたり、その上、各々の主張が相違したりすることが有ります。 それで居ながら、問題によっては最も大切な情報提供者のR君やY君の直接の情報が公開されないものだから、世間一般に事実関係が周知されず、歯がゆい思いをする事もあります。 でも、我々相互は同じ年代の者で、どの様な時... ...続きを見る
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世の中には似たような話があるものと思う。偶々私の恩師の名もH先生で、この師があってこそ今の私がある事を忘れたことは無い。
私の友人のA君は、心地よい職場を捨てて、倒産寸前の会社を引き受けて悪戦苦闘の末に再興し今は立派な会社になっているが、彼は何時も、あることに立ち向かう時には、自分の力を試すと言う事もあるが、失敗した時に、自分が笑われるよりは、自分を今まで育ててくれた会社や、信頼してくれたトップに恥をかかせることを恥じた。だから何時もそれを背に負って懸命だったことが成功に導いた一原因であることは間違いない。
本論と離れた話になってしまったが、QCにおいても、マグレガーのY理論は捨て去られているのが現状だろう。
H.T.
2005/12/29 21:42
弟子が社会の為に働き、それなりの立派な成果を挙げた時に、最もそれを聞いて貰いたいと思う恩師は既にこの世に居なくて、報告が出来ない。
子弟というものの宿命かも知れないが、悲しむべき事ですね。
佐久間象川
2005/12/30 11:32

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