佐久間象川

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zoom RSS 浦島ブログの準備(6B)

<<   作成日時 : 2013/10/01 09:51   >>

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          浦島ブログの準備(6B)
▲[B-217]: 浦島ブログの準備(5A)に紹介した
        ▲[A-13]  歴史認識(2)
はかなりの長文である上に、内容的に二つのものを含んでいる。 それで浦島ブログでは、これを二分割して読者に理解され易くする方が良い、と考えた。

   ★ ★ ★ ★ ★ ★  (ピアニスト・ブログの記事、の改造案)

★  佐久間が書いた、「デノミの勧め・2」大学と大学教授、の中にある「大学名誉教授の話」である。
  これもY君に聞いた話だから、佐久間の記事と出所は同一である。

確かにY君の大学で名誉教授称号を業績の無い人物に安売りするのは、褒めた話では無いにしても、大して問題で無い。
でも、業績のある人物を除外した上でそれが行なわれているならば、それは滅茶苦茶である。


★大学紛争の最中にゲバ学生に突上げられて、Y君の大学のM学長は教授会構成員に学生を加えようとした。
それを決める教授会で、殆ど全ての教授が沈黙して決まりそうになった時に反対の発言をして、その決定を阻止したのは、本来教授会では発言権の無い庶務課長O氏と、O教授であった。
その直後にM学長は辞職し、O教授が学長代行になって学内に機動隊を導入し紛争を収めた。
当時、同様な状況で教授会規則を改定して構成員に学生を加えた国立大学が幾つか有ったが、紛争のシーズンが過ぎると文部省に苛められて予算その他で大層な不利益を蒙り、その回復に大変な時間と労力を要した。


Y君の大学がその後有利な歩み方を出来たのは、あの時に教授会規則改定を阻止した庶務課長O氏と、O教授の功績であった。


★ しかし大学教授共には、その他にどの様な手立てが有ったかの話は抜きにして、「機動隊導入」は許し難い事、であった。
紛争が収まると学長代行から空席の学長に昇格しても不思議のなかったO教授はそうはならなかった。  それだけでなく、

 Y君の大学で最大の危機の時に会議で沈黙を守った教授達に安売りするようになった名誉教授称号を、O教授には贈っていない。

実は、私が「歴史認識」の記事を書いて世間で語られる歴史評価、人物評価というものがあやふやである事を言おうと考えたのは、
▲[B-18]  「デノミの勧め・2」大学と大学教授: [2005/07/11]、に絡んでのこの名誉教授の話と、
▲[B-15]: 出逢いの問題 (7)終章:O君:[2005/07/01]、 
▲[B-16]:出逢いの問題 (8)終章(続):O君の評価
のO君の話を見てのことであった。


しかし、考えてみると、今の若い人は、「昔、大学紛争というものがあった」、のは知らぬ人が増えているだろうし、銀行の業務形態が今と昔でその様な差の有った事等知らないだろうから、何処まで理解して頂けるかは期待を待たない方が良いだろう。

ただ私の見た真実を書き残しておく事が、意味があると信じている。

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佐久間象川
2013/10/03 20:33

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